奥尻町は、北海道南部・渡島半島に位置し、江差町から西北61km、せたな町から南西42km離れた日本海上に浮かぶ島です。四方を日本海に囲まれ、豊富な魚介類に恵まれていることから、古より水産業を中心に栄えてきたまちで、近年では新鮮な海の幸や離島ならではの自然環境を求めて観光客が増え、水産業とともに観光産業が基幹産業となっています。
 
 また、平成5年に発生した北海道南西沖地震※1において島全体が壊滅的な被害を受けたことでも知られています。極めて震源に近かったことから、震度6と推定される地震の直後に大きな津波を受け、多数の人的・物的被害が生じています。この地震による教訓を踏まえながら、防災を意識しつつ迅速に復興を進め、5年後の平成10年には完全復興を宣言。このことから、全国的にも防災対策及びまちづくりの先進地として認識されています。
 
 こうした経緯を持つ奥尻町は、防災対策という観点から、電力系統が本土から独立している離島での自立的なエネルギー源の確保を図るとともに、新たな産業の開発による地域振興を目指して、地域の資源を活用した再生可能エネルギーの取り組みを推進しています。中でも、地熱資源利用の取り組みが活発で、平成29年には地元の民間事業者の手によって「奥尻地熱発電所」が整備されています。
 
 国内離島での地熱発電所は八丈島(東京)に次いで2例目。発電事業を行うほか、地熱資源利用の取り組みを奥尻町の新たな観光資源とするため、官民協働のもと地域振興に繋がる活用方法の検討を進めています。

 
 
 
 

① なべつる岩。奥尻島のシンボルの一つ。鍋の取っ手に似ているのがネーミングの由来。
② 奥尻島の新鮮な魚介類。ウニやアワビなど良質な海産物が採れる。
③ 地震発生直後の青苗地区の様子。集落が壊滅的となるほど大きな被害をもたらした。

 

 

『防災対策から求められる再生可能エネルギー』
 
 奥尻町は古くから地熱資源利用の取り組みに着手しており、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)をはじめとする各種研究機関と協力しながら、1980年代より地熱資源量調査や地熱発電の検討に向けた試掘調査等を実施してきました。こうした多年の取り組みの集大成として、地元の民間事業者である越森石油電器商会によって、平成29年に「奥尻地熱発電所」が整備されています。
  
 同社は北海道電力奥尻発電所を顧客の一つとして、古くから石油の小売・卸売業を営んできた企業です。北海道南西沖地震の際には、同社所有の石油タンクが破損したほか、港の一部崩壊によって石油輸送船が着岸できず、一時的にエネルギー供給が絶たれたことをきっかけに、災害時における自給エネルギーの必要性を強く感じていました。そこで同社は、奥尻町における地熱資源利用などの再生可能エネルギーの取り組みへ積極的に携わり、「奥尻町地熱資源利用ビジョン(平成25年度)」の策定に協力するほか、地熱資源利用に向けて具体的な協議を重ね、事業の採算性や地域振興への活用を検証することで、「奥尻地熱発電所」を整備するに至っています。
 化石燃料を扱う企業が再生可能エネルギーにも取り組み、 離島ならではの地域特性を踏まえながら、エネルギーの安定供給に備えます。

 
 
 
 
 

 

④奥尻地熱発電所の外観。
 
 

 

 

『奥尻地熱発電所の仕組み』
 
 地熱発電所は島西部の山間地に位置しており、かつてこの地でNEDOが試掘した地熱井※2を熱源として活用しています。その地熱井は深さ1,600m程、性能としては約150度の流体を 50トン・毎時利用することが可能です。
 
 約150度と中低温の流体であることから、流体の蒸気で直接発電を行う従来方式ではなく、近年開発されたバイナリー方式による発電を適用しています。その仕組みは、取り出した流体を熱交換器に通し、沸点の低い代替フロンを気化させ、その蒸気でタービンを回し発電するものになります。
 
 発電出力は250kWで、これは奥尻町の平均電力消費量の約1割に相当する量です。出力250kWのうち、50kWは自家消費し、残りの200kWを固定価格買取制度※3の適用を受け、北海道電力に売電しています。年間売電収入は約6,000万円を想定しており、固定価格買取制度の適用期間15年では約9億円の売電収入になります。初期投資額は約4億4000万円であり、運営にかかる人件費は発生していないため、いくつかのトラブル発生等は考えられますが、順調に推移すれば適用期間の半分で初期投資額を回収でき、採算もとれる見通しとなっています。
 
 


⑤ 地熱発電のフロー図。
⑥ 熱交換機。地熱井からの流体を熱交換器に通し、代替フロンを気化させ、タービンを回し発電する。

『地域振興への活用に向けて』
 
 地熱井から取り込んだ流体は、発電に利用された後でも充分な熱量を持っています。奥尻町はこれに着目し、地域振興に役立てることを目的として、排熱水の二次利用を検討しています。
 現在までに、近隣の海まで排熱水をパイプで引っ張り、加温による水産養殖を検討。しかし、初期費用額を試算すると一番近い海で約1.2kmにもなり、多くの費用がかかることから、費用対効果が合わないと判断、これを断念しています。次いで入浴施設の検討を進めていますが、町から離れた山間地にあることから、町民に還元するという意味では立地上の課題を抱えています。
 
 奥尻町は地熱発電所を通して雇用の創出など地域振興をもたらすには、排熱水の二次利用が肝心であるという認識を強く持っています。こうした状況を踏まえ、越森石油電器商会をはじめ様々な地域主体と連携しつつ、より良い活用方法の再検討を進めていきたいとのことです。

 


⑦ 発電利用後の排熱水。二次利用は計画中のため、現在は環境基準値を下回るまで希釈し、冷却の後、隣接する河川に放流している。

今回取材させていただいた越森石油電器商会の越森社長に、今後の取り組みについてお伺いしました。
 
「地熱発電所の安定的な運営体制を確保した後、将来的には発電量の拡充を図りたいと考えています。本来、地熱井からは約100トン・毎時の流体を取り出すことができるため、現在の倍の出力での発電が可能となります。
 
 一方で、離島は電力系統が独立していることから、電気の需要と供給を島内で完結しなければなりません。人口減少に伴い奥尻町内の電気利用量が低下しているため、ベースロード電源である火力発電の継続・維持も重要とのことから、地熱発電所の発電量が現在の出力になったという経緯があり、こうした離島ならではの事情が取り組み推進における課題となっています。」

 
 
 
「勿論火力発電の維持は必要ですが、これまで使ってきた化石燃料由来のエネルギーを地熱資源などの再生可能エネルギーに少しずつでも代替すれば、災害時の緊急電源としての役割を果たせるとともに、温暖化防止や地域振興にも役立つ可能性があります。
 
 化石燃料を扱う企業だからこそ、率先して再生可能エネルギーに取り組み、奥尻町を島の資源でエネルギーを自給する”エコアイランド”にしていければと思います。」

  地球温暖化の進行により、嵐や大雨などの異常気象の増加や、海面上昇による津波被害の拡大など、自然環境や人の暮らしに重大な問題を引き起こすと予想されています。既にそのような影響は世界各地で表れており、この北海道においても2016年に発生した6つの台風の上陸・接近が記憶に新しく残っています。
 こうした状況下において、各地で表れ始めている温暖化の影響への「適応」も急務となります。本事例の奥尻町が進めている地熱発電所の取り組みも、防災対策を踏まえたエネルギー分野における適応策の一つといえます。

 一方で、地域が抱える課題は、地球温暖化や防災のみならず、高齢化、過疎化等など多岐にわたります。奥尻町のように、地域の実情を踏まえ、地域資源を最大限利活用しながら「適応」を進めることは、結果的に地域のあり方を変え、多くの問題の解決を同時に導く可能性があると考えられます。
 また、忘れてはならないのが地球温暖化の「緩和」です。これ以上の温暖化を食い止め、人間社会や自然の生態系が危機に陥らないためには、一人ひとりが実効性の高いCO2の排出削減を進めていく必要があります。「適応」と「緩和」、温暖化対策に向けて、バランスよく取り組みを進めていくことが肝心となります。


[注釈] 
※1 北海道南西沖地震 :
1993年7月 12日午後 10時 17分頃に北海道南西沖で発生したマグニチュード 7.8の地震。震源に近い奥尻島を中心に津波、火災、土砂崩れなどが発生。多数の死者・行方不明者が出た。
 
※2 地熱井 :
地熱資源の調査や開発の目的で掘られた井戸のこと。
 
※3 固定価格買取制度 :
再生可能エネルギー(太陽光、風力、水力、地熱、バイオマス)を用いて発電された電気を、国が決めた価格で一定期間電気事業者が買い取ることを義務付ける制度。


[本件に関するお問合せ] 
奥尻町のHPはこちら 
 
奥尻町役場地域政策課
住所:北海道奥尻郡奥尻町字奥尻806番地 電話:01397-2-3403
 
取材協力:地域政策課主幹 杉山さん、株式会社越森石油電器商会代表取締役 越森さん